いわき市から相馬市まで6号線を北上しました(5年ぶり)
10月始めに訪れた恐竜博物館へ向かう、越前鉄道のラインの他にもう一本。東尋坊への入り口、三国港までのライン
を見つけた信ちゃん(夫です)。金沢に午前中、移動しようという福井最後の予定を
急遽変更。三国港に行って来ました。
それにしても、私たちには最初「高い!」と思いましたが、ご飯を多めにお願いして二人で食べた三国港の「海鮮丼」
は絶品でした。「これまでいろいろ食べた海鮮丼でも、5本の指に入るね」と、信ちゃんは大満足でした。
そしてその後11月に入り、福島に行って来ました。大好きなNHKBSの番組「とうちゃこ」
で、日野正平さんがマスクをして福島を自転車で走るのを見て、どうしてもまた福島に行きたくなったのです。福島市内、郡山に住む友人たちにも会いたい。そんな思いでした。
5年前、それまで一般車両が走れなかった福島県内の6号線の「帰還困難地域」が解禁された直後、6号線を走りました。そして今一度、その後の6号線がこのコロナ禍の中でどうなっているのか。きちんと見たかったのです。
正平さんが訪れているいくつかの場所も、訪れたいと思いました。
東京を8時に出発。お昼をどこで食べるかいろいろ調べましたが、休業中の処が多く、結局、常磐道のSAの四の倉PA
に決めました。いつもは出来るだけSAや、PAは避けるのですが・・・。地元のお店に行きたいので。
ですが・・・・
これが、大当たり!!!!!
本当においしい新鮮な魚のお昼を食べる事が出来ました。
1,100円(税込み)の刺身定食です。この日は、ブリとアジがメインでした。
信ちゃんは「穴子フライ」を食べたのですが、これもあ・た・り・・・厨房の女性の方が教えて下さいました。
「よかったですね。昨日から小名浜の新鮮な穴子が入って来るようになったから。それまでは冷凍物だったのよ」
いよいよ高速を降りて、6号線を北上します。
目指すのは、正平さんも訪れた相馬市にある「百尺観音」です。
観音様を前にして、私たちはずっと手を合わせ、頭を垂れました。
その直前に見た6号線の「帰還困難区域」の情景に、打ちのめされたからです。
そこは、5年前とはまったく違っていました。
5年前の「帰還困難地域」は早朝の夜明け前の風景のように、ガソリンスタンドも、自動車販売所も、一般の家屋も、さまざまな店舗も、どこかすがすがしかった。もちろんそれぞれの前には誰もはいれないように、しっかりと施錠されていましたが。
今回は・・・・
ゴーストタウンでした。特に忘れられない情景がありました。
以前何度か書いた事があると思いますが、私たちは地方の一般道を走る時には必ず事前に、「しまむら」
の位置を確認します。しまむらには正面入り口に、車椅子駐車場が確保されています。さらに、建物の外にほとんどの店舗に、「車椅子用トイレ」が併設されています。地方で一般道を走る時の、私たちの大事なトイレの場所です。しまむらはサイゼリアのように、どこも作りは同じなので、近づけばすぐ見分けることが出来ます。
6号線の「しまむら」の建物には、ほぼ全体にツタが絡まっていました。ガラスは割られ、中の商品が整然と9年まえ同様に並べられています。その前に、じっと空を見上げるマネキンが立っていました。周りをゾンビが歩き回っていても驚かない。そんな状況でした。
前回は福島市内まで相馬市から、険しい山道を走りました。いたる所に汚染土を詰め込んだ黒い袋が並んでいました。今回はそのとき工事中だった
高速を走りました。夕刻5時頃でしたが、走行しているのはトラックばかり。自家用車にはほとんど出会えませんでした。
福島市内に入り、驚きました。相馬市では120円前後のガソリンが、140円近くしていたのです。
私たちはこれまた何度も書いていますが、「晴れ男と晴れ女」コンビです。前回の福井・金沢の旅もそうでしたが、今回も晴天に恵まれました。東京の方では雨が降ったと聞きました。
二日目、信ちゃんが行った事がないと言うので、会津若松の「鶴ヶ城」に行くことにしました。途中の猪苗代湖に太陽の光が映えて・・・本当に来てよかった。そんな思いをさせて貰いました。
その後、郡山まで足を伸ばし、40年来の友人に出会い、駅前のマーケットで大きな150円の白菜を2つ買い、翌日東京に戻りました。
しばらくは白菜のサラダ、白菜のミルフィーユ(白菜に豚肉をはさむ)、白菜鍋、白菜水キムチ。存分に福島の白菜を堪能させて貰いました。
12月8日は信ちゃんの誕生日です。
一級障害者手帳保持者には50%割引のある、ETCの書き換えに区役所に行きました。まだまだ車椅子ドライブ旅行は続きます。
(2020年12月8日 区役所で)


