車椅子旅行は楽しい!

パッケージ旅行とは違う、「個人でプランを立て」「自由な発想の」「安上がりな」「車椅子旅行のススメ」
「車を運転している時は、自分が左半身不随であることを忘れられる」と言う、20年前に脳出血で倒れ車椅子生活者となった夫との車椅子旅行は、幸せの宝庫です。

番外編:昨日(2025年6月28日)もらった幸せ

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 今年に入り、3月は豊田市、4月は岩手県の北上市と福島市、5月には五島列島・福江、そして6月には神戸と、3月以降は追われるように毎月旅を続けてきました。さすがに疲れました。7月、8月は遠出の旅はお休みです。何故毎月旅を?それは、昨日の幸せエピソードの後に。 

 さて・・・ 

 以前にも書きましたが、信ちゃん(夫です)はSound engineer。今も時々フェーダーを握ります。おそらく、日本でただ一人の「車椅子オペレーター」だと思います。

 昨日は、長年続けていた大学の演奏会の仕事を社員に2年前にバトンタッチ。その定期演奏会が東京・青山の日本青年館であるので、社員の「音」を聞き、指揮者の先生に久しぶりに挨拶をするために、暑さ対策をしっかりして出かけました。土曜日だったので車内も通路もどこもかしこも、人で溢れていました。

 そんな中、渋谷駅で銀座線の切符を買おうとしたら、お父さんが車椅子、お母さんが車椅

子を押して、男の子が二人(8つと5つくらい?)のヨーロッパ人(?)家族に出会いました。 

 切符を買う所でお母さんが「あら、スペイン語表記もあるわ」と言うので、スペイン語で話しかけました。「何か手伝える事はありますか?」。

 ここ数年、スペイン語を使っていなかったので自分でも、家族に自然に声を掛けられたことがおどろきでした。車椅子の家族だったからだと思います。

 そもそも、車椅子の外国人旅行者にあったのはその時が、初めてでした。
 お父さんが日本語で「大丈夫。ありがとう」と言い、別れました。
 その後、銀座線のホームに行くと、足元に車椅子ークがある場所に、さっきの家族がいたので、どこから来たのとか今日はどこへとか話していたら、下の子がずっと私のしょっているリュを見ています。「浅草に買い物に行く」という家族を残して「外苑前」駅で降りようと思った直前、ひらめきました。
 リュックには甥っ子から貰った「ドラえもん人形」がぶら下げてありました。慌ててキーホルダーから外し、下の坊やにあげました。その時、兄ちゃんが「ドラえもん」のメロディーを軽く口ずさんだような気がしました。空耳だったのかもしれませんが。
 そして慌てて、お母さんとハグをして地下鉄から降りました。
 今朝信ちゃんが「昨日僕が、『コモエスタ・セニール、コモエスタ・セニーラ』と言ったら、嬉しそうだったね」と言いました。
 正直、最近の外出では観光客が多いので苦労しますが、また、『車椅子の海外旅行者』に会いたいな。そう心から思えた出会いでした。

テキストの画像のようです

 ところで何故、3月、4月、5月、6月と珍しく、なんだか必死に毎月続けて旅行をしたのか。4月の12万本の桜を去年に引き続き見に行く予定だった4月以外、すべて今年に入って決めたことです。

 それには、今年の1月30日に遡ってお話ししなければなりません。


 1月30日に突然、脳出血で20年前から左半身随の信ちゃんの左目に異常が起きました。

 「左眼の映像が半分、モザイクになっちゃった」

 慌てて脳出血で倒れた後のリハビリ入院以後、ずっとお世話になっている病院の主治医の先生に電話をしましたが木曜日だったので、お休みの日でした。翌日の金曜日、一番に電話をすると幸運な事に先生がつかまりました。そして幸運な事に、2005年からお世話になっている先生は、信ちゃんが大好きな病院の「院長」になられていました。旅がお好きな先生で、2か月に一度の「定期健診」の時には必ず、「今度はどこに行ったのかな?」と聞いて下さいます。

 みんなに現状を考えると、その後の事は「奇跡」に近いと言われます。

 歩く事が出来ない信ちゃんのために、まず救急車を呼ぼうとした時、救急車から電話がありました。「病院から連絡を受けたので、これから15分でそちらに到着します」。病院に到着すると信ちゃんはすぐにMRI検査室へと運ばれ、点滴を受け、その間に私は「入院手続きをして下さ」と指示されました。しばらく廊下で待たされると、病室へと案内されました。1月31日に入院した信ちゃんは約2週間後のバレンタインデー、2月14日に退院しました。MRIの写真を見せて頂くと、真ん丸な「白い球」が信ちゃんの脳の中に写っていました。「右側にわずかに残っていた脳の機能が今回、これでほぼ消えたと考えて下さい」

 こうして振り返ると改めて、信ちゃんは本当に強運だと思います。

 退院の前に先生がアドバイスを下さいました。「このまま自宅に収まると、体がなまってしまう。出来るだけ外に連れ出しなさい。少しでも自分の足で歩くように、リハビリを続けるように

 どの旅からも忘れ難い思い出を貰いましたが、最後の「神戸の3泊4日の旅」については次回に。

 写真は信ちゃんと「私の青春」のスペイン・バレンシアでの思い出です。バレンシアの公共施設はどこもバリアフリー。闘牛場も例外ではありませんでした。(2019年5月)

ご報告: 6月に入り信ちゃんは、車の運転を再開しました。今年も北海道に「自分で運転して行く」と宣言しました。信ちゃんの、どこまでも前向きなエネルギーに乾杯!

車椅子旅行は新しい世界を見せてくれます。

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