車椅子旅行は楽しい!

パッケージ旅行とは違う、「個人でプランを立て」「自由な発想の」「安上がりな」「車椅子旅行のススメ」
「車を運転している時は、自分が左半身不随であることを忘れられる」と言う、13年前に脳出血で倒れ車椅子生活者となった夫との車椅子旅行は、幸せの宝庫です。

車椅子旅行だからの出会い:2017年北海道・道東の旅(3)

 私たちが今回、一番心を動かされ幸せにして貰った宿は、羅臼と根室エリアの間にある標津町の北にあります: http://mangetudou.net/?page_id=71オープンして11年目だそうです。 


 ------以前、「車椅子一人旅ですが、そちらに宿泊出来ますか」という問い合わせを貰った時、車椅子の方からの電話は初めてだったので、「これまで一度も車椅子の方が宿泊された事はありません」と正直に答えた。相手は電話の向こうでしばらく逡巡された様子だったが、結局、「そうですか」と電話を切られた。あの事は今でも、と・て・も残念だったと思う。「一階すべてフラットで、車椅子で自由に動き回れるようになっている。入り口には3か所段差があるが、お手伝いします」とに答えられれば、そ・れ・で良かったのに、車椅子の方だと言われただけでどう対応したらよいか分からず、してしまった-----


 それから数年後。今年の6月にの問い合わせがあったそうです。


 「そちらには一階に部屋はありますか」
 「あります」
 「ベッドの部屋ですか」
 「ベッドの部屋もあります。ただ・・・」
 「何ですか?」
 「入り口に、3か所の段差があります」
 「3所の段差? 右に寄りかかる壁はありますか?」
 「あります」
 「それなら大丈夫です。信ちゃん(夫です)は登れます。それよりも・・・」
 「はあ?」
 「車椅子を室内に持ち込ませて頂けますか?」
 「です」
 そう答えながらご主人は、今度こそは車椅子ごと信ちゃんを持ち上げようと思っていたそうです。
 で・す・が、車を降りて室内用の折り畳み車椅子に乗った信ちゃん。入り口の段差を見て言いました。
 「これなら乗ったままでも大丈夫だよね」 
 いつもは段差があると立ち上がって車椅子から降り、何とか段差を上るのですが、からのドライブで疲れたのでしょう。信ちゃんは車椅子に座ったままです。私も、このくらいの段差ならと、車椅子の後ろのレバーを立ったまま、右足でいつものように下方に押し、車椅子の前を持ち揚げて難なく最初の段差をクリアしました。

 段差とも言えない、クラスの段差でした。

 次に、雪よけの玄関手前のスペースから玄関への段差。これまたクラスで、私は信ちゃんを車椅子に乗せたまま進みます。

 その先は、玄関。
 玄関の段差クラスの倍ほどありました。このような20センチほどの段差は、です。「えいやっ」とテコの応用でこれまで、20センチは十分上げられてきましたが、信ちゃん今の体重を軽くしてくれないと私にはもうすぐ、信ちゃんが重くて、乗った折り畳み車椅子の前車輪を20センチも持ち上げられなくなるでしょう。
 今回は、大丈夫でしたが・・・。

 
 

 右手の黄色い車は、私たちの愛車号」です。
 ホイールまで黄色に塗ってしまった「のりたま号」誕生までのお話は

で書きました。


 さて、さて。
 大事な話はこれからです。
 見てお分かりのように上の写真には入り口に、スロープが置いてあります。
 私たちが到着した時スロープはありませんでした。・・。
 実は・・・ ご主人。私が奥様や娘さんと一緒にバタバタ信ちゃんの車椅子を1階のフロアーに乗せている様子をしり目に、しばらく姿を消しました。
 な時間が経過して・・・ご主人がスロープを3つ作って現れ、入り口に置きました。そ・れ・か・らまだ車椅子に乗ったまま、大きな窓の食堂から外の壮大な景色をウットリ眺めている信ちゃんに、玄関まで来てほしいと声を掛けました。そして・・・


1) 車椅子の信ちゃんを後ろ向きにして自分で車椅子をバックさせ、3か所のスロープを降り、それから上り、次に、
2) 信ちゃんに椅子に移っくれと頼み、車椅子を借りると、
3) 自分で車椅子に乗りスロープを何度も何度も降りたり登ったりしました。何度も何度も試した後
4) 突然立ち上がると「玄関のスロープを後1センチ高くしよう」とつぶやきながら、
5) また姿を消しました。
 奥様の解説です。「あの人は大工仕事が得意で、廃材を取って置いていろいろなものを作っています。食堂の椅子もみな、手作りなんですよ」


 今回私たちが泊めて頂き、スロープがあれば車椅子で建物に自由に出入り出来ると確信したご主人。「あの、また電話をくれないかなあ。今度は自信を持って、是非おいでください。大丈夫ですよと答えるのに」と、とても嬉しそうでした。
 私たちも本当に嬉しかった。私たちが宿泊した事で、ご主人がスロープをちゃっちゃと作り取り付けた事で、魅力溢れるバリアフリーの宿になったのです。
 新しいバリアフリーの宿の誕生です。

 第二、第三のが次々と生まれますように・・・・
 さよならを言う前に、「万月堂」の名前の由来をご主人に聞きましたが、答えは「なんとなく」でした。


 「北の国から」を見ていた方ならおなじみの名前「新得」。蛍ちゃんが富良野から根室本線への乗り換えで一人、佇んでいたのが新得駅です。それに新得は、有名な蕎麦の産地です。2007年9月、富良野の帰りに寄り食べた新蕎麦の味が忘れられず、10年ぶりに訪れました。新蕎麦には早かったのですが、以前と同じように、本当に美味しい蕎麦でした。

(2007年9月 新得・みなとや:http://www.jalan.net/gourmet/grm_01635fc3560171619/