腹立たしさと幸せが絡み合うのが、車椅子旅行:天塩編(2)
2014年8月下旬、北海道の大好きなオロロン街道を北上中、
稚内から70キロほど手前の天塩町で「50年に一度の雨」に見舞われ、サロベツ原野にあるその夜宿泊予定の宿から電話がありました。「宿への道路が沈没したので、今夜はキャンセルして下さい」。
青天の霹靂です。
なあんて驚いてばかりいられないので、一度は宿泊も考えた天塩温泉の一軒宿夕映:https://www.yuubae-spa.com/ に連絡。
「部屋はありますが、一階は和室のみ。洋室は二階です」
「手すりはありますか?」
「あります」
左半身不随の信ちゃん(夫)は、右側に手すりがあればなんとか階段をよじ登ります。
「手すりにつかまり二階に上る? それとも一階の和室で宿の人に手伝ってもらって寝る?」
即座に信ちゃんは答えました。
「手すりがあるんでしょ。二階に登るよ」
以前、洞爺湖の宿で大変な苦労をして布団で寝起きした体験が、よほど堪えたらしい。その後、理学療法士さんと、布団で寝起きする訓練を続けていますが、今もまだ、布団で寝起きすることは実現できていません。残念でした。
宿の正面に車を止めるとフロントの青年が玄関まで走って来て、
(1)「中に入ってください。僕が駐車してきます」とすぐに声をかけてくれました。
(2)階段の下でしばらく上を見上げた後に、意を決した信ちゃんが手すりにつかまり二階への階段を登り始めると、無言で素早く階段の脇に用意してあった宿の折り畳み式車椅子を二階まで運んでくれました。
信ちゃんの電動車椅子は階段の下に置くことにしました。
青年の敏速な対応。たったそれだけの事(きっと、それだけの事ではなく、とても大切な事)で、私たちは雨が降った事で縁が生まれ、宿を夕映に決めたことを喜びました。
夕食を終えて、必死で手すりにつかまり二階によじ登った信ちゃんを部屋に置いて、私は温泉にのんびり浸からせてもらいました。部屋に戻り信ちゃんに、「ちょっと臭いが強かったけれど、めちゃめちゃ肌がツルツルする湯だった」と報告しました。
それから1年・・・
お気に入りの番組『マツコの知らない世界』を見ていたら、
全国2,000以上の温泉に入り「本当に良い温泉を知り尽くした温泉マニア」の高田さん父娘が登場。「てしお温泉夕映」の湯に、嬉しそうに浸かっていました。
「あっ、私が入ったお風呂だ!」
「50年に一度の雨」には正直、脅かされ、困惑し、あたふたしましたが、優しい青年と、非常にユニークな温泉との出会いをプレゼントして貰いました。
車椅子旅行だったからゆえの、そのプレゼントの大きさを学びました。
大雨の翌日、まだ曇りのサロベツ原野の木道を電動車椅子でゆっくり散歩した信ちゃん。「いつか青天の時にまた来たい」
私も切にそう思います。(2014年8月)
