帰路、三島に立ち寄った神戸3泊の旅(6月初旬)前編
今日はもう11月中旬。師走の12月も近づいています。
しばらく投稿を休んでいました。書きたいことはたくさんあるのですが、書くことに正直「疲れた」のかもしれません。このブログを始めて、10年は過ぎましたから・・・。などと言って、「老い」に負けている訳ではありません。「食欲」はいたって元気です。10月は19日から22日までの3泊4日で、「日本一」(根拠は不明)を誇る「宮崎牛」を食べるだけの3泊4日の宮崎への旅に出かけ、先週は福島に親友に会いに行き、彼の車で米沢まで紅葉を楽しみながら「米沢牛」を食べたばかりですから。
9月の北海道の旅については必ずこの後、投稿します。ただその前に、6月の神戸の旅について。
神戸は、五島列島の旅で「五島牛」のおいしさから、日本の「ステーキ」のおいしさに目覚めた信ちゃん(夫です)は、五島列島に続き、神奈川県金沢八景のホテルに一泊して「葉山牛」をおいしく食べた後、「日本で一番有名な神戸牛を食べるのだ」と叫びました。ただ、神戸への旅の第一の目的は以前から「乗りたい、乗りたい」と繰り返していた「プチ鉄ちゃん」の信ちゃんと、「有馬温泉行き」の有馬温泉線に乗ることでした。
ところで以前にもお話したかと思いますが、そもそもなぜ信ちゃんが車椅子生活者になったのかの物語を簡単にまとめてみます。
繰り返しますが、信ちゃんはSound Engineerです。世に言う「音響屋さん」。それもスタジオでレコーディングを担当するのではなく、室内・室外の各種コンサートやイベントでスピーカーから流れる音を「現場で調整」する仕事です。コンサート、特に野外コンサートに親しんでいる方ならすぐお分かりだと思います。信ちゃんは2005年1月15日、会社の椅子から崩れ落ちました。前年の1月に旅をしたメキシコのテキーラに恋をして、2004年はずっとおいしいテキーラを都内中を探し、2005年の正月にテキーラを飲み過ぎた結果です。その前年8月、夏を前に働きすぎ(?)の結果、脳幹梗塞で2週間お世話になったことのある近所の病院に救急搬送され、脳出血で「左半身不随の一級障害者」となりました。それまでは・・・特に若い頃には、音響機材や楽器を載せて、トラックを運転して日本中を走り回っていました。
舞台音響の仕事はいわゆる『3K』仕事です。コンサートがある時には誰よりも早く現場に駆け付けて機材を設置し、誰よりも遅くまで機材を撤収します。
そんな信ちゃんが、倒れて20年と15日経過した今年の1月30日の昼に突然、「左目の映像がモザイクに見える」と言い出しました。慌てて脳出血で倒れた後のリハビリ入院以後、ずっとお世話になっている主治医の先生に電話をしましたが木曜日だったので、お休みでした。翌日の金曜の朝一番に電話をすると、幸運な事に先生がすぐつかまりました。そして更に幸運な事に、この20年続けてお世話になっている主治医の先生は、信ちゃんが大好きな病院の「院長」になられていました。旅がお好きで、私たちの旅についていつも楽しいコメントをして下さいます。
ということで、信ちゃんは本当に強運だと思います。
それともう一つ、忘れてはならない事。繰り返しますが20年前に倒れるまでは、長く舞台音響の肉体労働を続けていたので、体躯がホワイトカラーの方々に比べると頑丈に出来ています。女性のSound Engineerでもコツをつかめば、100キロ近いスピーカーを一人で持ち上げます。嘘ではありません。
救急車でいつもの病院に緊急搬送され、即MRI検査を受け、点滴。入院。なんと2週間後のバレンタインデー2月14日には退院しました。最初は少し左目がよく見えないようでしたが、一週間もすると信ちゃんは、「もう大丈夫」と言いました。
そして先生に一番厳しく言われたこと。「このまま自宅療養をすると体がなまってしまう。できるだけ外に連れ出しなさい。それと徹底的に『減塩食』に。塩分は一日5から6g以下が目安です」
今は徹底的に減塩食事で、こんな手軽な食品も結構、愛用しています。この中ではキーマカレーとバターチキンがお気に入りです。

有馬温泉への旅は、楽しかったです。事前に、信ちゃんのお気に入りの多数録画してある各種「車窓から」のドキュメンタリー番組をいくつも見せて貰っていたので、何が待っているかは、ある程度予測出来ましたし。
神戸市営地下鉄はプラットフォームがフラットなので、都内のように駅員さんにスロープを出して頂く必要はなく、実にスムーズ。有馬温泉手前の乗換駅「谷上」まではルンルンと到着しました。次の有馬温泉口駅ではかなり急な階段に、立派な長いスロープが置かれ・・・信ちゃんは後から「怖かったよ~」と泣き言を言っていましたが、駅員さんに後ろをしっかり押してもらい、なんとかホームに乗り上げて貰いました。帰路は同じホームからの乗り換えだったので信ちゃん「ホツ」でした。
有馬温泉の駅から少し坂を上ったところにちょっとお高い、ですがきちんといくつかの紅茶や緑茶の茶葉を選べ、ポットで出してくれるカフェを見つけました。私たちはコーヒーを飲みません。信ちゃんが脳出血で左半身不随になった時、お酒とコーヒーにドクターストップがかかりました。カフェで聞こえてくるのは中国語と韓国語、それに少しの英語だけでした。
さて、神戸の中心地「三宮」。JRの「三ノ宮」駅には改札口が3つあります。西口・東口・中央口。
帰宅日の前日、551の「豚まん」(関東では「肉まん」)が買いたくてウロウロ迷っていると、商品を運ぶ551のスタッフが近づいて来ました。声をかけると気軽に、「私たちの後についてきてください」と言ってくださいました。ということで大好きな豚まんと肉団子を買った551のある西口の改札口を見て、「明日はここから乗車すればいいね」と確認しました。
ところが、ところが・・・驚いた事に、当日、西口の改札口に行くと「ここにはエレベーターがないので車椅子では乗車出来ません。東口か中央口から乗って下さい」「どうやって行けばいいのですか」とびっくりして聞く私に駅員さんは(私の思い込みかも知れませんが、何を言っているんだこのばあさんというトーンで)「この先のエレベーターに乗り、線路を越えて反対側にある中央口、または東口に出て下さい」といとも事務的に説明してくれました。
「西口」は2階にあります。時間は朝の8時前。通勤客で混みあう中を必死でまず『この先』のエレバーターを探しました。次に、1階に降りたものの、『線路を越える』の意味がよく分からず、ウロウロ。車椅子の信ちゃんを少しでも安全と思う場所に残し、私は一人で西口に戻ってもう一度、説明を聞きに行くことしました。
西口のおねえちゃん駅員も、ニイちゃん駅員も、信ちゃんを雑踏の中に置いて、切実な思いで説明を聞きに戻った私に、「この人、何を言っているの」という風情で、同じ言葉を繰り返しただけでした。
結局、せっかく早めに「西口」に行ったのに、電車の乗る前には必ずトイレに行く「列車に乗る前に一番大事な信ちゃんの習慣」をカットして、大慌てで新大阪までの電車に「中央口」から乗りました。