車椅子旅行は楽しい!

パッケージ旅行とは違う、「個人でプランを立て」「自由な発想の」「安上がりな」「車椅子旅行のススメ」
「車を運転している時は、自分が左半身不随であることを忘れられる」と言う、17年前に脳出血で倒れ車椅子生活者となった夫との車椅子旅行は、幸せの宝庫です。

2023年を前に私たちを幸せにしてくれた話を2つ。

 9月5日、8回目の北海道車椅子旅行から帰宅した翌日、床に倒れて歩けなくなり、救急車の隊員の方々にベッドに寝かせて貰ってからの信ちゃん(夫です)は3カ月半。毎日3食、私がトレイに並べて運ぶ食事を、ベッドの上で食べていました。
 ですが嬉しい事に、2022年末最後の2週間前頃からヨタヨタ、あらゆるところに掴まりながら歩き始め、ベッドから3メートル半ほど離れた居間のテーブルの前の椅子に座って、食事が出来るようになりました。
 2022年の大晦日には親友と姪が泊まりに来てくれて、2023年の幸せな元旦を迎える事が出来ました。


 年末には、とても大事な事を学ばせて貰う体験2つしました。
 信ちゃんの誕生日は12月8日です。ジョン・レノンが大好きでいつか彼と仕事をしたいという目標を抱き、Sound Engineerを続けて来たいのですが、奇しくも誕生日が、ジョンが殺された日と重なりました。脳出血で倒れる前、NYの現場に行き、二人で手を合わせました。
 70歳過ぎの信ちゃんは免許証書き換えには、「高齢者講習」を受けなければなりません。今回は2回目となります。前回はバス一本で行ける大手の交通会社が運営している教習所で講習会を受けました。その時の顛末は読んで頂ければわかりますが、とんでもなく腹立たしいものでした。

 今回も、また不愉快な経験になるかも知れないが近所が一番と考え、同じ教習所に電話をしました。すでに10月に入っていたからなのか…けんもほろろに対応されました。「1月末まで予約でいっぱいです」
 信ちゃんが倒れた事で、講習会の申し込みを忘れていた私のミスではありますが、電話の向こう側の女性の声のトーンに、ブチ切れそうになりました。
 3年前とは異なり、便利になりましたね。コロナ接種会場の予約状況をネットでチェックできるように、都内の「講習会」の予約状況もネットでチェックできます。

 少しでも近くの講習会場をと考え、2回乗り換えが必要ですが、距離的には一番近い蒲田駅からバスに乗って行く「池上教習所」を見つけました。

 早速電話を入れます。
 「車椅子用トイレはありますか?」「ありません」
 「受付と講習会場とは同じ建物の中ですか」「別棟です」
 「講習会場の入り口に、段差はありますか」「あります」
 このようなやり取りに、正直オーバーに言えば「絶望」しました。ですが、もはやチョイスはありません。蒲田でおいしい食事を食べよう!それだけを楽しみに、12月12日の当日。出かけました。講習会の時間は1時からです。
 常々私たちは「晴れ男と晴れ女」だと書いてきました。12日も、しっかり太陽様が輝いて下さいました。


 蒲田駅のトイレに入り、用を済ませバスに乗りました。バスから降りて、教習所は歩いて5分ほどの所にありました。寒さと緊張からか、信ちゃんは教習所の入り口で尿意を催しました。さあどうしよう?
 尿瓶はもちろん、いつも持ち歩いています。ドイツでは何度も、トイレ以外の場所で用を済ませました。今回も、私はコートをさっと脱ぎ、信ちゃんの膝にかけました。
 信ちゃんを建物の外に待たせて、受付をする事にしました。受付の女性は、私たちが「車椅子」である事を特別な事ではなく、かと言って妙に親切にではなく、いとも自然に「お聞きしています。少々お待ち下さい」と言いました。
 その後からの対応すべては・・・。施設がどのようなものであれ、人の心があれば「不愉快」な思いをすることも「不便」な事もなく、とても幸せな気分で池上教習所を後にしました。
 前回のような特別扱いはまったくありませんでした。
 お昼はコンビニのサンドイッチで軽く済ませたので、蒲田駅で早めの夕食を食べる事にしました。

 信ちゃんは最近とみに、汁ものがお気に入り。5時前だったのでランチ・メニューがまだOK。豆腐チゲにチジミなどいろいろなおかずが付いていて、二人で分け合いました。


 信ちゃんと近所に散歩に出掛けたりちょっとした用事を手伝って下さるヘルパーさん。今の方の2代前の彼が、クリスマスの日に「近くの叔父の所に来たので」と寄ってくれました。
 彼の本業はダンサーです。文化庁の支援で仲間と共に、世界を舞台に踊っています。私たちとはとても気が合い、長く続けて貰いたかったのですが、ある日突然、東京を離れますと言って「八王子」に引っ越しました。八王子に住む、イラストレーターの女性と恋をしたのです。
 「今、どうしているの?」
 「ヘルパーを続けています。生活の事もあるので、重度の方のお世話を」
 「どうして重度の方たちを?」
 「重度の障害を抱えている方たちの感情表現を読み取るのは、とても難しい。わずかな眉の動きでも、最大の思いを表現されているのは分かるけれど」
 「それで?」
 「学ばせて貰っています。みなさんを観察させて貰い、その心の奥の動きを少しでも知りたい。知れば、踊りも変わります」

 このように、彼の踊りは、相当ユーク。以前、次のようなエピソードを聞かせて貰った時、信ちゃんと大笑いをしました。
 「メキシコのみんなは音楽や踊りが大好きで、ニューメキシコの広場で僕たちが踊り始めるとわぁ~と大勢の人が集まってくれました。ところがしばらくすると、少しづつみなさんが後ずをし始め、気づいたら人がほとんど居なくなっていました」
 パリやブダペストでは「大きな拍手を貰った」そうです。


(2004年:メキシコ・ユカタン半島の浜辺で)

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