車椅子旅行は楽しい!

パッケージ旅行とは違う、「個人でプランを立て」「自由な発想の」「安上がりな」「車椅子旅行のススメ」
「車を運転している時は、自分が左半身不随であることを忘れられる」と言う、17年前に脳出血で倒れ車椅子生活者となった夫との車椅子旅行は、幸せの宝庫です。

遅れてやって来た韓流ファンになりました(1)

 今日は、私の話が中心になりますので、ご容赦を。


 毎日信ちゃん(夫です)と朝食後、首の体操を初めてもう10年になります。

 最近、誤嚥が話題になっていますが、このような画像もネットですぐ探せます。いい時代になりました。

体操で誤嚥予防、お食事前の3分間嚥下体操 ~世の中の役に立つ近大公開講座vol.1~


 の後は、両足をタオルで縛って、信ちゃんの足元の前にクッションを置き、どっかりと腰をかけ、のマッサージをします。最後は立って信ちゃんの後ろに回り、をマッサージ。首・足・肩。それが、我が家の日課です。
 私はずっと運動オンチ。学生時代を含めて、スポーツというものをほとんどした事がありません。ですが、30分ほどかけて毎日、信ちゃんの首、足、肩のマッサージをする事はかなりの体力を消耗し、とてもよい定期的な運動になります。私の健康持の役に大いに役立っている一丁石のマッサージだと、自画自賛しています。


 5月、貯金を下ろして信ちゃんが20の頃から行きたい、行きたいと言って来た念願のブダペストに行く計画については

で書きました。
 実は信ちゃんには車椅子生活をするようになってから、もう一つ、どうしても行きたいと言う場所があります。それは、倒れてから3年間、今とは異なりまだ自宅で過ごす事が多かった信ちゃんがどっぷりはまった、BSで再放送されていた韓国ドラマの重要な舞台。済州島:済州島 - Wikipediaです。
 韓国歴史ドラマブームを作ったきっかけとなった『宮廷女官チャングムの誓い』

『宮廷女官チャングムの誓い<ノーカット字幕版>』11/3スタート!
の主演女優で韓国の吉永小百合さんと言われるイ・ヨンエ

さんに、信ちゃんは恋をしました。そもそも信ちゃんは昔から、筋金入りの大・・大サユリストでした。


 最初はまったく興味がなかった私ですが、なんとなく一緒にTV画面を眺めているうちに、イ・ヨンエさんが美人であるのはともかく、済州島の美しさに心惹かれました。再放送が終わった後信ちゃんが、「絶対にいつか、済州島に行こうよ」と言いました。
 時は過ぎ・・・去年の秋友人夫婦がソウルと済州島旅行を終え、みやげ物を渡してくれながら、こう言いました。「ソウルは車椅子でも問題ないと思うけれど、済州島の車椅子旅行はちょっと難しいかもね」
 難しい? い?
 ならば、挑戦しなきゃ!! 私のヘソがり精神がむくむく頭をもたげました。


 韓国には以前、冬が近づくと義姉と買い物とあかすりの2泊3日旅行に4,5回出かけていました。安くて丈夫なの下着や靴下、パジャマなどを買い込むためです。もう20年以上前の事です。ところが「冬のソナタ」が大ヒットし、ヨン様ブームが炸裂。

義姉と韓国に行くというと「あら、あなたもヨン様が好きなんだ」と必ず言われ、へそ曲がり根性が「2度と韓国には行きたくない」と囁き、信ちゃんが倒れた事もあり、義姉との楽しい慣例の韓国旅行はストップしました。


 パッケージではなく、国内同様の自由海外旅行では、事前の準備以上に地元の言葉を、例え「ありがとう」一言であれ覚えるのが必須だと思っています。そしてハングル語はこれまで私たちにはありがたい事に、まったく無縁ではありませんでした。
1) 1991年、湾岸戦争の勃発でヨーロッパ旅行には保険がおりず、諦めざるを得ませんでした。父が亡くなり一人となった母との三人の冬のヨーロッパ旅行を始めて4年目の事でした。そこで隣国の韓国にドライブ旅行に行きました。今はどうでしょう?当時は昔の日本のようにかなり乱暴な運転が横行していました。特にバスのスピードは恐るべし!でした。
 ドライブ旅行には道路標識など、とにかくハングル語がまったく読めなくてはどうにもならないので、旅行の間中ずっと26文字のハングル語表を手に、信ちゃんの隣に座ってナビをしました。結果、意味は分からずとも、ほぼハングル語が読めるようになりました。今でもはっきり覚えているのはです。ビビンバ。本当においしく、よく食べました。
2) 信ちゃんの何代目かのヘルパーさん。エキョンと言う名の韓国の方でした。

 信ちゃんは退院直後から、お風呂の後にこのような足踏み台に乗り数を数えて来ました。最初はこの上で立つだけでも辛そうでしたが、今では楽に100まで数えながら乗れるようになりました。
 エキョンさんがせっかくだからと信ちゃんに、「ハナ、トゥル・セ・ネ・・・ペック」と、100までをハングル語で教えて下さったのです。私も一緒に覚えました。
 ですが、ハングル語はずっと私たちの生活には無縁でした。


 そして友人夫婦の済州島のお茶。
 それを手に、信ちゃんがつぶやきました。「済州島の丘に薬草を植えに行きたい!」
 ?!?
 なんでまた薬草?
「チャングムが一生懸命植えていたから」
 え?!?


 単純と言えば単純なのですが、信ちゃんと済州島の丘に登って薬草を植えたいと思いました。「済州島の薬草」が私たちのブタペストの次のチアリーダー;

となりました。


 こうしてハングル語の勉強をする事に決め、新大久保の韓国語学校見学に行き、新大久保にハ・マ・リました。
 ハングル語のクラスに通う以上に、新大久保のアジアやモスリムの人たちが溢れる新大久保に惹かれました。ヨン様を求めて押し寄せた女性陣は姿を消しそこは、コリアンタウンは人種のるつぼになっていました。
 年齢制限でアルバイトを更新して貰えず3月から主婦生活をしていた私には、新大久保は久しぶりのワンダーランド。ネパール料理店だったら、500円でカレーの一番安い定食が食べられます。

豆のスープとご飯は食べ放題です。どの店でも、日本人客を見かける事はほぼありません。
 信ちゃんと新大久保を探検したいと思ったのですが、学校に行き始めた去年11月にはまだ、新大久保の駅ではエレベーターの工事中でした。今年の2月1日。エレベーーが完成しました。もう少し暖かくなったら、二人で新大久保に出かけます。


 そ・し・て・・・・
 ハングル語クラスの優秀なクラスメートに「『了解!』、『どうして?』、『いくら?』など日常的に使われている言葉は韓流ドラマを見て覚えました」と言われました。
 今、少なくて、一日3時間韓ドラマを見ている毎日です。楽しく、幸せです。(続く)


 寝台特急に乗りたくて、頑張ってバリアフリールームの切符をゲット。その時の楽しい苦労はこちらを:バリアフリーマップの落とし穴:石見銀山編(2) - 車椅子旅行は楽しい!

(2016年5月 出雲駅フォームにて)
  

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