車椅子旅行は楽しい!

パッケージ旅行とは違う、「個人でプランを立て」「自由な発想の」「安上がりな」「車椅子旅行のススメ」
「車を運転している時は、自分が左半身不随であることを忘れられる」と言う、13年前に脳出血で倒れ車椅子生活者となった夫との車椅子旅行は、幸せの宝庫です。

「進化は常に非常識から生まれる」

 最近、を得たりと思わずほくそ笑んでしまうお気に入りフレーズす。
進化は常に非常識から生まれる」
 タイヤのCMで我らが福山雅治さんが毎日何度もTVの中で繰り返しているので、みなさんも目に、耳にされた事と思います。


 「非常識」を辞書で引くと、

「常識」を欠いていること、とあります。
 では、「常識」とは何か。再び辞書をひも解くと:

一般の社会人が共通にもつ、また持つべき普通の知識・意見・判断力」だそうです。


 さて・・・話は変わり・・・。


 どのような経緯でこの「天才」という本を手にしたのか、まったく覚えていませんが、学生時代でした。その内容に、驚愕しました。

 ニーチェ、ハイネ、ボードレール、シューマン、モーパッサン・・・・。ヨーロッパが誇る、文学・音楽の天才たちはみな梅毒に冒されていた。マルクスもそうである。ニーチェは、梅毒で精神異常となる2年くらい前から唐突に創作意欲がわいてきて、1年間に27冊もの本を書いた。常識や権威が定めるまっとうなレールの上にある思考の範囲を何らかの理由で逸脱して初めて、人は、天才と呼べる才能を発揮する。
 言い換えれば、一般社会人が共通にもつ、または持つべき普通の知識・意見・判断力の範囲で生きている限り、新しい発見はない。進化はない。というのです。
  
 人並み以上の才能を発揮したいが、そのために梅毒にはなれない。精神異常も嫌だなどとブツブツ。ブツブツ。ブツブツ。ブツブツと私は本を読み、つぶやきました。十分に本の内容を咀嚼出来たのか、怪しいものです。
 ただ、それまでの世代とは異なり、黙って「既成のルールや権威に従う」のではなく、「ルールを破り」「権威を疑う」ようになっていた平均的なベビーブーマー世代の私は、常識的まっとうレールは出来るだけ避けて歩いて行く人生もあり」と考えるようになりました。

 いわゆるストリームではない生き方を心がけて来たからだからでしょうか。信ちゃ(夫)が車椅子生活者になって、「あれは無理、これは無理」「あれはダメ、これはダメ」「そこは入れない、ここも入れない」。無理・ダメ尽くしの、八方ふさがりの城壁に囲まれた生活に放り込まれた時、そのをそのまま受け入れず、をボコボコ叩いて亀裂を作り外に這い出て、車椅子旅行を楽しんで来ました。


4年前のGWのエピソード
 東京・銀座のビルの地下のレストランに行くことにしました。警備員さんは、平然と「このビルにはエスカレーターだけです。エレベーターはありません」と言います。
 「何を言っているのですか。大きなビルなら従業員用のエレベーターは必ずあるでしょう」 
 「お客様にはご遠慮願っています」
 「そこを使わせて頂けなければ、私たちは地下のレストランには行けません」

 「上司に聞いて来ますので、しばらくお待ちください」
 警備員さんが戻るのを素直に待っていられない私たち。近くの店の従業員に、「従業員用のエレベーターはどこですか?」と尋ねてエレベーターの場所を確かめ、「一般出入り禁止」と書かれたドアを開け、地下のレストランで美味しいビビンバを食べました。


 車椅子生活者は、一般の社会人が共通に持つ普通の知識・意見・判断力の範囲内のルールに従い守って生きていたのでは、ビビンバもおちおち食べられません。創意・工夫で日常の中に発見があり進化がなければ、ビビンバは食べられず、息が詰まります。
 
 常に創意・工夫を試みている車椅子生活者や障がい者は、自然に普通のルールを超えてしまう。つまり、車椅子生活者や障がい者はの土壌の上に、最初から立っている。そこで、私たちの新しい挑戦、新しい行動はすべてが進化に繋がる・・・
 少々我田引水ではありますが、このような考え方、あながち間違いではないと思います。
 そんな私の気持ちを書いたのぶこちゃんのエピソードです。


 2005年1月15日に信ちゃんは脳出血で倒れて、左半身不随の身体一級障がい者になりました。もうすぐ13年目を迎えます。信ちゃんが言うように「干支が一回り」しました。


 長いようで、あっと言う間の12年間でした。


 車椅子生活になってから、発見した事、進化した事は数多く、いずれもとても興味深く楽しい体験です。
 近々、そのリストを作ってみます。楽しみです。


 なんたって進化は常に非常識から生まれる」のですから。


 5月の那須高原。今は雪で真っ白でしょうね。

(2010年5月)