車椅子旅行は楽しい!

パッケージ旅行とは違う、「個人でプランを立て」「自由な発想の」「安上がりな」「車椅子旅行のススメ」
「車を運転している時は、自分が左半身不随であることを忘れられる」と言う、17年前に脳出血で倒れ車椅子生活者となった夫との車椅子旅行は、幸せの宝庫です。

福島車椅子旅行の「こうよう」

 「こうよう」と書いたのは、間違いではありません。「」と一緒に「効用」とも書きたかったので・・・。スミマセン


 日常とは異なる車椅子旅行に出た事で、改めて気づかされることは正直、毎回減って行きます。最初の頃は、今ほど「」ではなかったので、情報収集には穴ばかり。
1) 車椅子OKと勝手に思い込んだ宿の入り口で私、困惑する。信ちゃん(夫)も困惑する。
2) 目的地は、地図上は近距離だったので車椅子を押し始めたが、坂道だったので私、絶句し、腹を立てる。信ちゃんも絶句し、腹を立てる。
 の繰り返しでした。


 この辺りの思いを、「バリアフリーマップの落とし穴」シリーズで書きました。
 特に、金沢編では私の怒りが爆発しています。今でも思い出すと腹立たしいです。信ちゃんも、腹立たしいそうです。
バリアフリーマップの落とし穴:金沢編 - 車椅子旅行は楽しい!


 相変わらず前置きが長い。どんな「こ・う・よ・う」があったのかを書かないで終わりそうです。


 「」が美しかったのは、言うまでもありません。長野などの県とは異なり、福島の山々は連峰という感じではなく、ブロッコリーが並んでいる感じ。もこもこ小さな山が連なります。それが、の紅葉の景色を作っているのではないかな。
 有名なゴールドラインから離れて迷い込んだルート。整備され過ぎて違和感がありましたが、その前後。とても気に入りました。【公式】星野リゾート  磐梯山温泉ホテルのエリアです。このホテルは宿泊だけで18,000円。可愛くない値段。きっと一生縁がないだろうな。ですが、
) この手のホテルに宿泊することはなくても、
) 事前にレストランや設備をチェックして、
) ランチの値段が許容範囲だったら出かけて行き食べ、
) トイレを使い、
) ホテルを散策する。
 これも車椅子旅行の楽しみです。次回は、ここでランチをしてもいいかも。
 
 もう一つの「効用」は、最初の訪問地での事。車で坑内に入れると聞き、喜び勇んで訪れた「車両での地下坑内への入坑を再開いたします。 - 大谷資料館」です。大谷石採石場跡は写真で見るように、な場所でした。
 最初、入り口がかなりの急こう配で真っ暗だったので、車を運転をしながら信ちゃんは「こわーい」と叫んでいましたが、後はスムーズでした。案内をして下さった鈴木さん。「車椅子の友人にいろいろアドバイスをして貰い、コースを決めた」そうです。効率良いガイドでしたが、車の移動と車椅子の乗り降りに半分時間が取られ、1時間ほどの坑内滞在になりました。寒かった!
 お近くの方は入館料・車乗り入れ料・ガイド料総額2,400円を貯めて、是非おいでください。

 入坑前にはもちろん、お約束のト・イ・レ。信ちゃんが言いました。「どうも大きい方になっちゃった」「えっ!」
 実は事前に鈴木さんから採掘場入口に近い駐車場ではなく、少し手前の公共駐車場には「多目的トイレ」があるので、そちらに寄られることを勧めます。採掘場入口のトイレは外にあり車椅子用はありません、と言われていました。
 ですが、手続きなどですでに入り口付近に車を駐車していたので、普通のトイレに入ることになりました。
 以前でしたら「かなり抵抗するかな」、と思うような、屋根があるものの隙間風が吹くトイレでした。ところが、ところが・・・それだけ急を要していたのかな・・・いつものように、「ドアの傍に居てね。終わったら声をかけるから」と言いましたが、後は何事もなく、しばらくすると「出たよ!」と嬉しそうな声がしました。
 
 いわきからの帰路。最後のサービスエリアでトイレ休憩をしながら、今回の旅を振り返り、「何が一番うれしかった?」と尋ねると信ちゃんは、「大谷石採石場跡でが出た事」と答えました。「?」
 「昔ならまず、絶対にあのトイレに入るのを抵抗したと思う。でも今回は何も考えずに便座に座り、何も考えずに用をたせた。僕、凄い進歩だよね。凄い事だよね。すご~く嬉しかった」


 そうか、そうなのだ。日々あわただしく生活しているとなかなか自分の変化を見極められないが、車椅子旅行に出て、いつもとは異なる環境に自分を置くことで信ちゃんは、自分の変化をしっかりと把握。本当に「すご~く嬉しかった」のですね。
 自分の進歩をはっきりと認識体験させて貰う。
 これ以上の車椅子旅行の素晴らしい「効用」はないのではないでしょうか。


 ここまで書いてきて、このまま終わることも出来ます。あまり重い話は苦手だと思う方。分かります。最初の頃の私でしたら、信ちゃんが「福島の津波の映像が見られなかった」ように、きっと心が萎えていて、「そんな暗い話は聞きたくない」と言ったでしょう。ですが、2年ぶりに福島を旅行した私としては、これだけは書いておきたいので、どうぞ、ご容赦下さい。


 郡山・会津若松・福島でそれぞれ友人と2年ぶりの再会。嬉しく、楽しく、時間を忘れましたが同時に、とても重く辛いものでした。誰もが口をそろえました。「県外の人たちはもう、福島の事は忘れている。私たちはもう何も期待しないでただ今を生きるだけ。原発の話はしない。でも、オリンピックの話もしない
 何も言い返せませんでした。


 大・大・大好きなジョンが座ったかもしれない椅子。リバプールのビートルズ博物館にて。

(2010年8月)



 

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